
数年前、父親の遺品を整理していると、一式の道具が出てきた。親戚に尋ねると、それはご詠歌≠フ道具であり、一時、父親もご詠歌を習っていたとのことであった。
「習ってみたら?」と言われ、それではと、お願いしたい旨を伝えた。これがご詠歌を始めたキッカケである。
習い始めた当初は難しく感じたが、音痴で覚えが悪いにも関わらず、先生は熱心に教えて下さった。最近では、ようやく周囲に目を向ける余裕も出てきた。そこに映ったのは、一緒に習う仲間の真剣な顔であった。
練習は2時間程であるが、曲を教わるだけでなく、先生から色々な話を聞ける充実した時間である。また、新たな曲を習う時には、こんな曲調や所作があるのかと感動し、その修得に私自身が無心になれる時間でもある。
習い始めて1年10ヶ月ほどであるが、これからも続けたいと思っている。
(男性)
私の主人は平成10年3月に他界致しました。告別式を終えて暫くの間、約9年間の自宅介護が妻として充分なものであっただろうかと、自問自答の毎日でした。そんな時、知人からご詠歌≠フお誘いを頂きました。ご詠歌を唱える事が、主人の供養になるのではないかと、ご一緒させて頂くことにしました。
当初は、ご詠歌の所作や歌詞の内容も全く理解出来ず、一緒に唱える皆さんの真似をしながら心細い気持ちのまま口ずさんでいるだけでした。暫くすると、次々に口が動きだし、また、少し声も出るようになり、皆さんにご迷惑を掛けながらも唱えられるようになり、大変嬉しかった事を思い出します。
ご詠歌の練習に出掛けるのが楽しく、お腹から声を出す事が健康や精神面にも良いのか、少し若返った気がします。
練習に伺う度、色々なお話をして下さり、いつも優しくご指導下さる先生には、心から感謝しております。
(女性)
幼い頃、いつも祖母の後について寺参りをしていました。その度に祖母が「帰命頂礼遍照尊きみょうちょうらいへんじょうそん」とお唱えしていたのを覚えています。今思えば、私はお菓子欲しさで付いて行ったのでしょう。
あれから70年も過ぎた頃でしょうか。昭和58年、お寺に豊山流大師講の支部が出来るとの事で、私も参加させて頂きました。暗中模索、鈴鉦れいしょうが何なのかすら分からない中、夢中で習いました。
分からないながらも練習を重ねるごとに、少しずつ出来はじめました。
それ以来、私にとって大切なものはご詠歌以外ないと思い、終生私の宝物にしたいと思います。
(女性)