季刊誌『光明』

令和2年-秋-第216号



仏教はじめてヒストリー




  くなると、お葬式で授かるのがかいみょうです。では、日本で最初にそれをいただいたのは、誰だったのでしょう。そもそも、葬儀に戒名が用いられるのは、なぜなのでしょう。


  戒を授与されたことを証明する名前、それが戒名です。戒とは、仏教徒が守るべき「いましめ」であり、それを授かる儀式は、授戒じゅかいと呼ばれます。授戒は、仏門に入るための「出家しゅっけの儀式」ですから、戒名は、亡くなった後に頂戴するものではありません。


  今から1500年ほど前、仏教が日本に伝わりました。仏像をおまつりしたものの、おがむ僧侶がいません。そこで、白羽の矢が立ったのが、あどけない11歳の少女です。名前を嶋しまといいました。
  嶋は、2人の少女をおともに出家し、善信ぜんしんと名を改めます。わが国で最初に戒名を授かり、初めて僧侶になったのは、3人の若い女性だったのです。
  ちなみに、善信・禅蔵ぜんぞう恵善えぜんに続く出家者は、ほとんどが女性でした。当時、神につかえる役は女性がになっており、仏教もそれにならったのでしょう。


  平安時代になると、病気を治すことを目的に、戒名が授与されました。わざわいの原因となる過去の罪障ざいしょう(悪い行い)は、授戒によってめっする、と信じられたからです。ただし、授戒といっても、それは形式的な出家であって、本当に僧侶になったわけではありません。
  やがて、死が迫った時にも、授戒が行われました。罪障を除くことで、確かな成仏を願ったのです。淳和じゅんな上皇(840年没)や仁明にんみょう天皇(850年没)が、そうした出家の始まりとされます。
  平安時代の末、いわゆる末法まっぽうの世になると、死後に極楽浄土へ往生おうじょうすることが、熱望されました。それによって生まれたのが、亡くなった後の授戒です。
  22歳で急逝きゅうせいし、臨終の授戒がかなわなかった歌人の九条くじょう良通よしみち(1188年没)が、その最も古い記録です。こうして、生前に授かるべき戒名は、死後の葬儀と結びつきました。


  亡くなった人に戒名を授けるのは、く人が必ず成仏することを念じて、平安時代に始まったものです。戒名には、「迷いをすっかりはらい、清らかな心で仏の世へ旅立ってほしい」という切実な願いが込められていました。
  3人の女性の授戒から始まる戒名の歴史を振り返ると、見えてくるのは、真剣な祈りの数々です。




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