VOL.1 平和をさまたげる宗教対立と仏教の主張

真言宗豊山派総合研究院 院長 加藤精一

  (一)平和を阻害している宗教

 

  この数日、マスコミに大きく報道されている国外の問題は、ユーゴ連邦のミロシェビッチ大統領がその専制政治のゆえに国民の反対にあって失脚しコシュトニツァ氏に交代した事件と、もう一つはエルサレムの帰属をめぐるイスラエル(ユダヤ教)とパレスチナ解放戦線(イスラム教)との紛争事件である。ユーゴの今回の内乱の原因についてはまだはっきりしないが、バルカン半島はロシア正教、カトリック、イスラム教の信者が混在して住み合わせていて、村ごと町ごとに宗教の対立が起り、民族戦争と宗教戦争が入り混じって血みどろの争いをしているところである。
  鉄のカーテンが取り払われてからは宗教の対立があらわれてきたのである。まだ記憶に新しいのは昨年(平成11年)2月頃からのユーゴのコソボ自治州で、セルビア系(ロシア正教)とアルバニア系(イスラム教)の両住民による武力紛争で、アルバニア系の人々が難民となって国外に脱出し、その数は60万とも100万ともいわれた。これに対してNATO軍が3月にはセルビア系住民に対して空爆を開始してその出撃回数は約2ヶ月で1万回に及んだという。
  一方のイスラエルとパレスチナ開放戦線(PLO)の争いは今に始まったことではなく2000年来、土地の帰属をめぐっての争いであり、長い間のアメリカ合衆国の調停も効果がない状態である。これらはすべて原因は宗教の違いにあると断言できるのであり、いわば宗教戦争なのである。
  日本のマスコミはこれらを民族対立と表現して、あえて宗教を表面に出さないのはどうしたことであろうか。たしかに民族紛争という切り口でも正しい場合はあろうが、ではその民族対立はどこに原因があるのかと問えば、明らかに宗教の対立という内容が見えてくる。
  識者の報告によれば、今日にも地球上で宗教戦争を行っている地域は40ヶ所以上もあるという。『宗教世界地図』(1993年・新潮社)の著者である石川純一氏はこういっている。「いま、世界の宗教のありさまをとらえることは、国際政治の動きを追うのに必要というだけでなく、我々が立っている現代文明そのものについて考える入り口になるのである」と。
  こう考えてみると、まさに宗教は口では世界の平和、人類の平和を主張しているにもかかわらず、逆に平和を阻害している、という結果になっているのである。
  自分たちの信ずる神がこの世のすべてを創造したのだ、という創造神話が特別悪いことではない。けれどもそういう神話を信じることは、結果的には、他の神をまやかしときめつけなければ、自己の立場も無くなってしまう。そこで他の宗教に対する憎しみと抗争が生じ、宗教戦争が起る。そして宗教戦争は、血なまぐさく残酷で、恐ろしいものなのである。

 

  (二)仏教の平和主義

 

  今から2500年前、西暦ではB.C500年にインドに出生された釈尊は、シャカ族の王族の子として誕生され、将来は国王として種族のリーダーとなるべき人であったが、29歳で出家され地位や身分を捨てて修行の生活に入られた。6年の修行ののちにその苦行も捨てて、35歳の12月8日、自己の進むべき新しい道を確認されて 仏陀ブッダ となられた。これを 成道じょうどう とか さと りという。
  では釈尊の悟りとはどのようなものであろうか。さまざまな言葉で説明できようが、その骨子は次のようなものであった。
  -人間は自分の考えられないものや不可思議なことを無理に信じたりせずに、本当に自身の心で納得したことをもとにして力強く生きていこう-
  ということであった。たとえば、この世の万物を創造した神なども、その存在すら疑わしいことでもあり、ましてそれらの神に全生命をまかせていくなどということはむしろ正しい生き方ではない。この世の万物は絶対者が作り出したものではなくて、 いん と えん とによってここに存在しているのである、と考える。仏教が「因縁の教え」とか「 縁起えんぎ -縁により起るの意で因縁と同じ-の教え」といわれるのはそのためである。このことから当然のように導き出されることは、「仏教では神話の神を持たない」ということである。これを「 無我論むがろん 」といい、仏教では神話の神、天地創造の神話を信じなくともよい、ということである。
  仏教は神話を棄てて、真実を悟った覚者、 仏陀ブッダ を光と仰いで生きていく宗教なのである。
  釈尊のこの 叡智えいち によって仏教徒は、他の神を肯定する必要もなくまた否定する必要もないのであり、必然的に他宗教に対する根本的な寛容な態度がとれるのである。
  昨秋逝去された中村元博士は『東洋人の思惟方法』の中で、「東洋人の思惟には、異文化や他宗教に対する理解と寛容が顕著に見られる」といわれているが、その根底には釈尊の無我論、仏教の物の見方があると思う。
  この釈尊の思想は、その後東洋を中心に広く分布し、やがてわが国では聖徳太子、弘法大師に受け継がれそれぞれ独自の展開を示して、結果的に酷い宗教争いを好まない民族性を主張している。

 

平成12年12月

 

※本頁の肩書きは、寄稿いただいた当時のものです。