VOL.2 お盆を迎えて

VOL.2
お盆を迎えて

父の墓に母額ずきぬ音もなし
父の墓に母額ずきぬ音もなし

 今年もまたお盆が巡ってまいりました。家の御先祖さまがた、なつかしい祖父母や、親しかったいまは亡き家族の方々、そのほか、かつてお世話になった人々を憶(おも)いながら、感謝の気持ちを持って、敬虔(けいけん)な心でお盆をお迎えいたしましょう。特に過去の戦争で生命(いのち)をすててまで国のためにはたらいて下さった多くの精霊(しょうりょう)に、年に一度、感謝しご冥福を祈るのもお盆にふさわしいことと存じます。

 お盆と申しましても、その内容は、その他の法要と同じで、廻向(えこう)ということが中心です。廻向とは、施(ほどこ)しをしたり、お塔婆(とうば)を建てたり菩提寺(ぼだいじ)に維持の協力をしたりという善行をおこなってその果報として自分の身にかえってくるのであろう、良い結果を、自分のものにせずに、すべて亡き人々に向けて、その冥福のために用だてて下さいという心です。まさに廻向とは、絶対無私(むし)の気持であり、人間でなければ持てない高度なこころなのであります。年に一度のお盆を気持よく過されることが、ご家庭の幸せにつながっていると確信しております。

 お盆の根拠は、『仏説盂蘭盆経(ぶっせつうらぼんきょう)』などが古くから伝えられていますが、わが国でも、仏教が入るとすぐにお盆の法要がはじめられたようです。『日本書記』の後半の部分に次のような記事が見られます。推古 すいこ天皇の14年(西暦606年)「この歳(とし)より寺ごとに、4月8日、7月15日に設斎(おがみ)せしめき」と。これは摂政であった聖徳太子が出されたものと思われますが、花まつりと並んでお盆の法要が、いまから1400年も前からおこなわれていたのであります。お盆が、私たち日本に住む人々の血肉になっていて、まことに意義深いものだと御承知頂きたいと思います。

真言宗豊山派総合研究院院長 加藤精一

※本頁の肩書きは、寄稿いただいた当時のものです。