VOL.10 チベット仏教徒の安全を憂慮する

真言宗豊山派総合研究院 院長 加藤精一

  中国チベット自治区ラサで、去る3月14日に起きた騒乱は、その後中国各地のチベット人たちに波及し、おりしも本年8月に開催される北京オリンピックの聖火リレーも、ヨーロッパ、アメリカの各地で、中国に抗議する人々によって妨害されている。イギリス、フランスのリーダーたちは、すでに開会式に不参加を表明している。

 

  チベット亡命政府の日本代表部の報道では、この暴動で、100人以上が死亡、500人以上が逮捕されたというが、チベット仏教徒の人々の身の安全を考えると、まことに心配である。

 

  チベットの過去をふりかえれば、1951年に中国人民解放軍がラサに進駐、1959年にチベットの大規模デモが弾圧され、その際にダライラマ14世法王はインドに脱出、亡命した。以来49年、チベットは中国の領土に組み込まれている。

 

  チベット仏教はラマ教ともいわれ、密教の一つであるが、その教理の内容から見て、私たちの信奉する真言密教とは全く異なるものと考えてよいのである。しかし、仏教のお仲間であるには違いないし、チベット大蔵経をはじめ多くの文献は、チベット文化、チベット仏教のみならず、インドの文化や仏教を知るためにきわめて重要であり、仏教の普及に尽くしたチベット仏教徒の功績は多大である。

 

  4月10日、ダライラマ14世は、インドから米国に向かう途中で成田空港に立ち寄り、近くのホテルで記者会見をした。ここで法王は、北京五輪開催への支持を強調し、中国から招かれれば開会式に出席したいとも話った。報道によればその際に法王は中国政府から分離独立派として強く批判されていることについて、「中国にも仏教があり、同じものを共有してきた仲間意識を持っている、チベットの中国からの独立は求めていない、外交や防衛は中国の もと にあることでかまわない。我々は中国の中で、仏教、文化、教育、環境に関しては自治を持ちたい、中国側は暴力による弾圧ではなく、より現実的なアプローチが必要だ」と述べ、さらに 胡錦濤フーチンタオ 国家主席の唱える「 和諧わかい (調和のある)社会を本当に目指せば中国全体の大きなイメージの改善につながる、大きな人口をかかえる中国は世界に対しても大きな貢献を持ち得る国だ」と提起した。(4月11日付朝日新聞)

 

  しかし現実は厳しく、法王のこの呼びかけに対して中国の返答は無い。それどころか次のような報道もある。すなわち暴動から1ヶ月たった現在、チベット自治区に隣接する青海省にあるダライラマ法王の生家は、当局の厳しい警備下におかれ、外部との接触が禁じられていて、住んでいる親類たちも事実上の軟禁状態に置かれている、という。また近くの僧侶に話をきくと、「軍隊が毎日、部屋の捜査にやってくる、ダライラマの写真を待っていればすぐに連行される」と述べた、という。(4月13日付 読売新聞)

 

  以上は主としてチベット側からの取材が多いし、中国側の報道がほとんど無いので実態は良くわからない。

 

  中国はわが国の隣国であり、現在は共産主義体制ではあるが、わが国は友好国としてつき合いをしているのである。くり返すが、私たちは同じ仏教徒として、チベット仏教徒の安否には重大な関心を持っている。対話と理解によってなんとかして法王の要望が中国政府に届いて欲しいと願うばかりである。

 

  政治の渦の中に巻き込まれた少数民族は、チベットばかりでなく、他にも沢山ある。チベット問題も政治的に言えば双方の立場があることは否定できない。しかし、もしチベット人たちの人権が不当におさえられているとするならば、いかに隣の友好国であっても、私たち仏教徒は黙ってはいられない。平和的手段をもって強く抗議せざるを得ない。中国政府当局は開かれた能度を示して欲しいものである。

 

平成20年4月23日



※本頁の肩書きは、寄稿いただいた当時のものです。